自室。 ディミトリは早々と部屋の明かりを消してベッドの中にいた。遅くまで起きていると祖母が心配してしまうのだ。 彼は祖母に心配掛けるのはイヤなのでベッドに入って寝たフリをしていた。意識は他人とはいえ、自分の祖母に何となく似ている彼女を嫌いになれないでいる。(別に善人を気取るつもりは無いがな……) 天井に張られたポスターを見ながらフフフッと笑った。(恐らくはタダヤスの記憶が混じっているんだろうなあ……) ささやかだが他人を思いやるなどと考えたことが無いディミトリはそう考えた。(まあ、只のクズ野郎であるのは変わらないがな……) そう考えて自分の手を見た。見慣れたゴツゴツとした兵士の手ではなく、スラリとした如何にも十代の少年の手だ。(さて、これからどうしたもんだか……) 取り敢えず自分の身体に還ることは決めている。そのための手段を講じなければならない。 ディミトリが最後に覚えているのはシリアのダマスカス郊外の工場だ。まず、そこに行かなければ始まらないと考えていた。(そのためには金がいるんだよな……)(金が欲しいがどうやれば良いのかが分からん) 仕事をしようにもタダヤスは義務教育が必要な年齢だ。雇ってくれる所など無い。(銀行でも襲うか? いや、警備システムを探り出す手段も伝手も無いしな)(現金輸送車…… 同じことか……) ディミトリはベッドの中で身体の向きをゴロゴロと変えながら考えていた。(んーーーーーー……)(そもそも武器を手に入れたいが手段が分からん……) ディミトリは考えがまとまらないでいた。自分の住んでいた街では、街のゴロツキを手懐ければチープな銃であれば手に入る。 もう少し金回りが良ければ軍の正規銃ですら手に入ったものだ。 ところが、この国では銀行にすら護身用の銃は無いときた。(この国の人たちは、どうやって自分の身を守っているんだろう……) この国に住んでみて分かったのは、自分の身を護ってくれるのは他人だと信じ込んでいることだ。 その為なのか護身用の武器などは表立って売られていない。マニアなどが利用する店などで護身用と称する玩具だけだ。(そういえば…… 夜中に女の子が一人で歩いていたな……) 眠れない夜中になんとなく星を見ている事がある。 そんな時に、明らかに若い女性がトコトコと歩いているの見て驚愕したもの
何日か前の新聞報道で、自殺志願者を次々と殺した男の話を報道していたのを思い出した。 だが、報道はいつの間にか立ち消えた。 次は街なかで包丁を持って歩行者を次々と刺殺した男の話も途中で立ち消えた。 被害者なら氏名まで公表されるのに、この件では犯人の名前どころか年格好まで報道されなかった。 恣意的な報道規制が働くのだ。 この国の自称マスコミは、針小棒大で無責任な報道をするのをディミトリはまだ知らない。 彼らはニュースが大きく取り上げられれば良いだけだ。なので、報道内容に質は求めていない。 自分たちの発言に責任を持たないので、いい加減な仕事で構わないのだ。どうせ、国民もそんな事は求めていない。 身の丈に合った『知る権利』で満足しているらしい。知りたくない情報は遮断してしまう事で足りているのだ。(まあ、偉そうにふんぞり返っているのはロクデナシと決まっているがな) そう考えて、日本も自分が関わった国々と変わらず、クソッタレが牛耳っていることに安心した。 悪事を働いても平気でいられるからだ。(日本で銃を手に入れるにはどうすれば良いんだろうか……) ネットで色々と調べてみると、日本では銃などを普通の市民が購入することは出来ないのだそうだ。 ディミトリは日本の裏社会には何もコネが無いのだ。これではどうにもならない。(これがシリアやロシアなら軍上がりの武器屋から買えるんだがな……) だが、直ぐに考えを追い出した。無いものねだりしても仕方無いからだ。 ある程度の金があれば密輸する手立てもあるが、非常に高額になるのは目に見えている。(取り敢えずは自分で工夫して武器を仕立てるか……) 手元にある材料で武器を作った事はある。 戦闘地域にいると物流が当てにならないのだ。だから、手短な日用品で武器を作る訓練も受けたことがあった。 訓練と言っても元スペツナズの隊員達から簡単なレクチャーを受けただけだ。(後、訓練内容もどうにかしないと……) 日頃の運動のおかげで基礎的な体力は付いたと思う。次は実践的な訓練メニューを熟したいと考えた。(人目につかない空き家を利用するか……) 朝晩のランニングで適当な家に目処は付けていた。後はメニューと装備を用意するだけだ。 次は移動手段の確保だ。しかし、日本では車を運転できるのは十八歳以上であるらしい。それは四年
自宅。 ディミトリが早朝のランニングを終え帰宅すると居間で何やら話し声が聞こえてきた。「?」 彼が居間を覗くと祖母が電話口に向かって話し込んでいた。「まあ、敏行がご迷惑を……」 『敏行』というのはタダヤスの父親。相手は父親の元部下からのようだ。 ディミトリはシャワーを浴びるふりをしながら洗面所に向かい、そのまま廊下で会話を盗み聞きしていた。「それで如何ほどお金を借りていたんでしょうか?」 何でも金を貸していたので返してほしいという内容のようだ。(ん?) ここで、不思議に思った。既に葬式も終わってから日にちが経っている点だ。 こういった借金というのは、四十九日が過ぎた辺りで整理するものだと聞いていたからだ。 タダヤスの場合は父親の家のローンなどを弁護士が処理したと聞いている。(あの時の弁護士に任せればいいのに……) その事を思い出し祖母に忠告しようかと考えた。「はあ…… それぐらいの金額でしたら用立て出来ますが……」 どうやら、金額も数万円という少額のようだった。彼女は支払う気でいるようだ。「はい。 住所は……」 祖母は電話の相手に住所を教えてしまっていた。(あああ~……) 何とも無防備な人だ。タダヤスの父親の元部下という言葉を信じ込んでいるようだった。 相手は直接受け取りに来る様子だ。(いやいや…… 本物かどうかの確認が取れてないだろう……) そこでディミトリは祖母に尋ねてみた。「ねえ、何となく聞いてたけど…… 父さんは本当に金を借りてたの?」「あらあら、聞いてたのかい?」「あれだけ大きい声なら聞こえてしまうよ」「借用書もあるって言うからねぇ……」 世の中には、故人の死につけこみ、ありもしない借金をでっちあげて返済を求めて来る奴がいる。 今回も『少しでも貰えたら儲けもの』程度の考えで、平然と詐欺まがいの請求をしてくる輩が現れても不思議では無いのだ。 たとえ借用証書を目の前に突き出されたとしても、偽造された可能性を考えるものであろう。 だが、人の良いタダヤスの祖母は信じてしまっているようだ。 何でもタダヤスの父親の様子を細かく教えてくれたのだそうだ。 小一時間もたった頃、一人の男が訪ねてきた。名前は水野と名乗った。「どうも、初めまして…… 水野と申します」 そう言ってから一枚の名刺を渡してきた。
祈りが終わったのか水野は祖母の方に向き直り、背広の内ポケットから紙を一枚取り出した。「此方が借用書になります……」 出された紙はA4くらいの紙で金額と名前が入っていた。住所は前に住んでいた場所だ。 借用書の項目には出張代金の立替分と書かれていた。 だが、詳しい内容は書かれていない。パソコンで作られたものだろう。 「はい、息子の字です……」 祖母は長いこと名前を見つめていた。故人の母親がそういうのだから間違いは無いのだろう。 ディミトリには区別が付かなかった。元々知らなかったので無理もない。 だが、直筆であるとは言い切れないと考えていた。元の筆跡を読み込んで貼り付け編集が出来るからだ。 祖母は、暫く見つめた後に仏壇の引き出しから、現金の入った封筒を取り出し水野に渡した。 金額は予め聞いていた金額と心付けが入っているそうだ。「はい、確かに受け取りました…… では、借用書はお返しいたします」 中身を確認した水野は、丁寧に頭を下げ借用書を祖母に渡した。「あの…… 息子は他にも借金をしていたのでしょうか?」 祖母は気になるところを聞いてみた。何だか自分が知らない借金が在りそうだからだ。 実際、故人の隠れた借金が見つかることは良く在る話だ。 人間というのは自分の借金に負い目を感じてしまう。なので、人には中々相談しないものだ。 たとえ相談しても、素人ではどうにも成らない段階に成っていることが多い。もちろん、家族にもどうにも出来ない。 返済不可能な借金を抱えて自殺してしまうのもこういうタイプの人間だ。 だから、頭の良い貸主は遺族が遺産の相続を行った後で、借金の返済を遺族に求めるのだそうだ。 一度遺産相続をしてしまうと相続放棄が出来なくなるからだ。 他にも故人が連帯保証人になっているケースもある。保証人も相続対象になってしまうので注意が必要だ。 これの場合は更に悲惨で、借り主では無く連帯保証人に請求出来てしまうのだ。 何しろ遺産相続で金を確実に持っている。貸主としては確実に金を回収したいので持っている方に請求するものだ。 支払いの請求がなされた場合は返済しなければならない。借り主が返さなくても良い。それが連帯保証の怖さだ。 親兄弟といえども連帯保証人になるなと言われる所以である。「ああ…… 詳しくは分からないのですが、エフナント
自宅。 水野が帰った夜。ディミトリは詐欺グループから金を奪取する方法を考えていた。 この手の連中の始末の悪いところは、『悪いことをしてる俺かっけぇー』と思い込んでいる所だ。 だから、人の良い老人を騙すことに罪悪感を持っていない。寧ろゲーム感覚で小銭を稼いでいる。 自分たちのような悪に盾突く奴はいないと慢心しているのだ。(だからこそ、付け入るスキが有るんだよな……) そして病的に警察を嫌っている。つまり被害に遭っても届け出をする可能性が低いのだ。(どうやって有り金を頂けるかな……) 具体的な手順を考えている内に眠ってしまっていた。 数日後。ディミトリは柔道教室から帰宅した。柔道は格闘戦で力になるのを知っているからだ。 兵隊だった時には、軍の初年訓練で柔術の訓練をやらされていたものだ。 最初は基本訓練ばかりで嫌気がさしていたが、実戦に出ると随分と役に立っていたのを思い出す。 その記憶があるのだ。後は身体に基本的な事を覚え込ませれば良い。 帰宅して玄関に入ると、居間の方から祖母が誰かと話をしているのが聞こえた。 居間を覗いて見ると電話をしているようだった。「まあ、息子が本を出す予定だったんですか……」「金額は二百万ですか…… 私は出版という物には疎くて良く分からないものですから……」 それを聞いていたディミトリには『ピン』と来るものがあった。「それでは、見本を送って頂けますか?」「ええ…… ええ……」「お願いいたします……」 最近の警察の広報などで『オレオレ詐欺』の啓蒙活動のお蔭で祖母も用心深くなっていたのだ。 先日の水野の件では父親の直筆らしき借用書があったので大人しく支払った。 だが、今回は額が大きいので念を入れたらしい。「はい、わかりました。 それでは見本の到着をお待ちしております……」 祖母はそう言って電話を切った。「何、父さんの借金がまた有ったの?」 傍で聞いていたディミトリが何も知らない風で聞いてみた。「ええ、そうなのよ…… FX投資に関する指南書って本を出そうとしてたみたい……」 祖母は少し思案顔になった。まず、FX投資が分からなかったのだ。「あの子が本を出すなんてねぇ……」「前に来た水野って人がエフナントカで大損してたみたいって言ってたじゃない?」 ディミトリはエフエックス関連に絡めて詐欺を
翌日には本とやらが届いた。普通、出版物は著作者に献本というものが十冊程度配布される。ところが、彼らが送ってきたのは一冊だけだった。 契約書に出版社名は書かれていたが、検索しても出てこない怪しげな会社だった。「…………」 だが、祖母はその本を丁寧に読んでいた。きっと自分の息子を思い出しているのであろうとディミトリは考えた。 すると荷物が届いて小一時間も経った頃。居間の電話が鳴った。 彼らだった。「はい…… はい、届きました……」「その方に二百万円を現金でお渡しすれば良いのですね?」「はい、分かりました……」 彼らは近所にある大きめのスーパーを受け渡し場所に指定してきたようだ。 そこなら場所が分かりやすいからだとも言っている。(防犯カメラの死角を見つけたんだな……) ディミトリは彼らの意図を見抜いてほくそ笑んだ。 自分もそのスーパーはよく知っている。ビデオカメラの購入で利用したことが有るからだ。 屋上が駐車場に成っているタイプの大型スーパーだ。防犯カメラもどっさりと有る。(でも、死角はあるんだよなあ……) 屋上の入り口に向かうスロープと建物の間に、防犯カメラが無い事にディミトリは気がついていたのだ。 普通の人はそんな事は気にもしないが、ディミトリは本能的に防犯カメラの位置を確認してしまう。 正直だけでは生き残れない街で育ったので仕方がない。 そして、彼らはまさにそこを指定してきた。 やはり、似たようなクズ同士なので、意見が合う物だなとディミトリは感心した。(早めにビデオカメラを買っておいて良かったぜ……) ディミトリは詐欺グループの顔を押さえておこうと考えた。その方が後々楽だからだ。 祖母が持っていく紙袋の底に携帯電話を忍ばせてある。GPS装置で位置情報を取得するためだ。 一見すると何のアプリケーションも入っていないように偽装してある。後は上手く行くことを祈るだけだ。 指定してきた時間。ディミトリは落合う場所が見える場所に居た。道路を挟んだ向かい側だ。 そこのガードレールに腰掛けてスマートフォンをいじってる風を装っている。 ビデオカメラは腰のサイドバッグの中だ。穴を開けてレンズだけが露出するように工夫してある。 カメラ本体の操作はスマートフォンで行う。 犯人たちは二人組だった。恐らく『受け子』と呼ばれる係だ。
自宅。 ディミトリは自宅のパソコンに、スマートフォンから送られてくるGPS情報を打ち込んでいた。 スマートフォン上にも地図付きで表示できるが、軌跡が消えてしまうので不便なのだ。 得られた緯度経度情報から、地図上の位置と照らし合わせる為だ。 彼らの行動を考察する必要もある。それは今後の作戦に役に立つのだ。(こういう事は自動化しないとやってられないな……) そんな事を考えながら黙々と情報を打ち込んでいた。 ディミトリはプログラムを組めるわけでは無いが、簡単なスクリプト程度なら作れる。 その内、自動化してしまおうなどと考えていた。(もう少し勉強しておくんだったな……) 学生時代は成績は下の方だった。勉強より運動の方が面白かったせいもある。 それに学校特有の狭い人間関係も嫌だった。地域から集めるので雑多な境遇のものが集まってくる。 金持ちの子供や貧乏が染み付いているような子供まで色々だ。自然と階級が出来てディミトリは最下層だった。 どんなに羨んでも自分はそう成れないと確認させられる毎日は苦痛だった。 そして何よりも机の前にジッと座ってるのが苦手だったのだ。(でも、兵隊になると自分で掘った穴の中でジッとしてる事が多かったけどな……) 兵隊は銃の手入れをしているか、哨戒の為に塹壕などで前方をみている事が多い。 だが、それだけだ。何かを羨ましく思ったり妬んだり蔑まされたりが無かった。 後は、上司の嫌味を聞き流していれば良かったので楽だったのだ。「!」 ボーッと子供時代のことを思い出していたら車が停止したようだ。 国道沿いに変化していた位置情報は、隣市のマンションで停止したのだ。(くそっ、電話からは何も聞こえてこない……) 移動している間に何度か会話を聞こうと試みたが、紙袋にしまい直されたのか盗聴は成功しなかった。(会話から何かしらの情報が欲しかったんだがなあ……)「タダヤスー、夕飯よー」 階下から祖母の呼ぶ声が聞こえる。「はーーい」 悪巧みをしているディミトリの顔から、中学生のタダヤスの顔に戻して返事をする。 良い子ちゃんを演じきるのは中々大変だとディミトリは思った。 夕食を掻き込むように済ませたディミトリは、自分の部屋に戻ってGPS情報の確認に戻った。 だが、夕食後になっても移動をしていなかった。このマンションが連
何日か観察してみないと駄目かなと思っていたが、翌日には簡単に特定出来てしまった。特定できたのは三階の角部屋だ。 金を受け取りに来ていた奴が出入りしているのだ。てっきり役割分担されているので、アジトは違うのだと思いこんでいた。(分業化が徹底していないのか…… やはりアマチュア集団だな) ディミトリは襲撃手順を考えるためにマンションの外側を見て回った。 すると、窓のカーテンが揺れているのを見逃さなかった。窓から侵入出来そうだ。(この構造なら雨樋を伝って登れるな……) これはベテランの空き巣が使う手口だ。 普通マンションなどにはベランダや屋根の排水に使う雨樋が付けられている。それを足がかりにして登る事が出来るのだ。 二階以上の住人は何故か窓から侵入されにくいと思い込むらしい。そして窓の施錠を行わずに就寝してしまう。 空き巣は窓から侵入し、物色した後に窓から帰っていく。玄関は施錠されたままなので、住人は侵入された事に気が付かない。 後で気が付いても、いつされたのか分からないのだ。 もっとも、普通の雨樋は大人の体重を支え切れる程頑丈な作りではない。 だが、今のディミトリの体重であれば大丈夫だろうと推測していた。朝晩のランニングや柔道などの習い事で、筋肉は付けてきている。ディミトリの感覚ではまだまだ軽い方のはずだ。(やっぱり明け方にやるか?) ディミトリは監視カメラの映像を見ながら考えていた。部屋には四人居るようだ。(四人か…… 殺って良いのなら二分もあれば足りるんだが……) 元々、傭兵を生業として生きて来た。命のやり取りに躊躇する事は無い。 寧ろ空気がヒリ付くような接近戦闘は好みの方だ。 だが、未だに勝手のわからない国に居るのに、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだとも考えていた。 万が一、警察にバレても殴られただけなら、仲間内の傷害事件で片付けられる可能性が高い。しかし、殺人事件となると捜査する本気度が違ってしまう。 そうなればディミトリの所までたどり着かれてしまう可能性が出てくるのだ。 そういう事態は避けなければならない。それはディミトリの見かけの年齢はタダヤスの十四歳であるからだ。 少なくとも、後四年ほどは平穏無事に過ごさなければならない。 そうしないと一人で外国に行かせて貰えない。あの祖母の性格からしてある程度の年齢は取ら
(出てきた……) 銃撃戦となったら、物を言うのは弾幕だ。サブマシンガンを持っていない以上は両手に持った拳銃で戦うしか無い。 先頭の一人は拳銃を持っているのが見えた。(はいはい、チャイカの仲間なのは決定……) ひょっとしたら無関係な船員もいるかもしれないと思っていたが安心して殺せそうだ。 ディミトリは満面の笑みを浮かべて両手の拳銃から弾丸を送り込んでやった。 気分良く撃っていると頬を何かが掠めた。銃弾だ。後ろにも回り込まれてしまったのだ。 ディミトリは右手は出口、左手ではデッキの後方を撃ち出した。 やがて、左手に持ったトカレフの銃弾が尽きた。マガジンを交換している空きは無い。ディミトリは迷うこと無く銃を捨てた。 そして、右手の銃を懐にしまうと、下のデッキに移ろうとして飛び降りたのだ。「うわっと!」 ところが、デッキの下のデッキの手すりを掴みそこねて更に落下してしまった。「おっと……」 舷窓の枠に捕まる事に成功した。そして、腰にぶら下げておいた吸盤を張り付けた。 指先だけで窓枠に捕まるより楽なのだ。 そのまま海の中に逃げても良かったが、自分が泳ぐ速度より陸上を移動される方が早いに決まっている。(もう少し時間を稼ぐ……) ディミトリは窓に向かって銃を撃った。しかし、期待したような割れ方をしなかった。 窓ガラスを銃で撃つが穴が空くだけだった。荒れ狂う波風に耐えることが出来るようにガラスが頑丈なのだ。「くそっ、なんて頑丈に出来てやがるんだ!」 穴の開いた窓を蹴飛ばしながら怒鳴った。 ディミトリは窓の鍵があると思われる部分に、銃弾を集中して浴びせ腕が入る隙間を作り出した。 その間にも、ビシッビシッと銃弾が降り注ぐ音が通り過ぎていく。停泊しているとはいえ、波による揺れは多少はある。 彼らでは薄暗い背景に溶け込むような衣装のディミトリを撃ち取れないようだった。(よしっ! 開いた) 窓の鍵を開けて室内に潜入するのに成功した。(小柄な身体が役に立ったぜ……) 室内に降り立ったディミトリは立ち上がって見渡した。上下二段のベッドが並んでいる。船員用の寝室のようだ。 すると、一つのベッドで誰かが起き上がって来た。 室内に居たのは船員だった。ベッドの上で両手を上げて固まっている。 窓が割れたかと思うと男が入ってきたのでビックリしたら
モロモフ号の甲板の上。 ディミトリはアオイの言った『取引に使うお金』に魅入られていた。「いやいやいやいやいや、駄目だ」 ディミトリが首を振りながら否定した。 確かにここで多額の現金を手に入れるのは魅力的だ。だが、アオイを守りながら戦闘するのは、余りにも分が悪すぎる。 確実に金になる戦闘しかディミトリはやらない。(やっぱり駄目か……) アオイとしては、船底に閉じ込められている子供を助ける事で、贖罪を果たしたかったのかも知れない。 だが、肝心の少年が腰が引けている以上は諦めるしか無いかと思った。「じゃあ、私はゴムボートで待っていれば良いのね?」「いや、近くにアカリさんが待っているから、彼女と合流していて欲しい……」「え? アカリが居るの?」「ああ、どうやって君が居る船に辿り着いたと思ってるの」「あっ、そうか」「この携帯で連絡を取って待っていて欲しい。 あの桟橋を回り込めば陸に上がれる階段が有るから……」「うん、分かった……」 アオイは縄梯子をそろそろと降り始めた。ディミトリは上から降りていくアオイを見ている。キンッ 船の手すりを金属製の何かが掠める音がした。間違いなく銃弾だ。(銃撃!) ディミトリは咄嗟に撃ち返した。発射音は聞こえなかった。恐らく見張りに見つかってしまったのだろう。「見つかった!」「え、え、ええ……」 アオイはまだ縄梯子の半ば辺りだ。降り終わるのにまだ少し時間がかかる。 ディミトリは姿が見えない敵に銃弾を送り込んだ。 命中させることが目的では無い。アオイがゴムボートに乗るまでの時間稼ぎのためだ。(敵もサプレッサーを使っているのか……) その時、埠頭に灯りが倒れていく男を映し出した。紛れ当たりを引いたようだ。(俺も使ってるぐらいだから当然だわな) ディミトリは男に近寄っていく。死んだかどうかを確かめるためだ。(角度から考えると船の壁で跳弾したのが当たったのか……) 傍によると男は首から血を流して死んでいる。当たった場所から考えると跳弾であろうと思われたのだ。 ディミトリは男の銃と予備の弾倉を取り上げて眺めた。(トカレフか……) 無いよりはマシかと懐にしまった時に、海の方からアオイの悲鳴が聞こえた。「きゃあっ!」 ディミトリが慌てて駆けつけると、上のデッキからゴムボートに向かって銃を撃
モロモフ号。 船室の外に居た見張りは壁にもたれ掛かるように倒れている。その頭からは血が流れていた。 不意に少年が現れて問答無用で撃ってきた。声を上げる暇すらなかったようだ。彼は驚愕した表情のままだった。「若森くん……」 アオイは突然の登場にビックリしながらも、見慣れた顔の登場に安堵のため息を漏らした。「ちょっと、足を持ってくれるかな?」 ディミトリが手招きしてる。「?」 アオイが近づいて廊下を見ると見張りが倒れている。頭から血を流している所を見て、アオイは射殺されたのだと理解した。「顔が腫れているけど殴られたの?」 アオイの左頬が腫れているので聞いてみた。「うん、大声出して助けを呼んでたら殴られた」「女でもお構いなしかよ。 ヒデェ連中だな……」 ディミトリは見張りが持っていた拳銃を眺めながら呟いた。「連中は俺の事を探してるんだって?」「ええ、ロシア人が貴方の事をしつこく聞いてきた」 見張りの死体を運びながらそんな会話をする二人。アオイも死体を見たぐらいでは驚かなくなっている。 アオイも死が身近にある職業だとはいえ、慣れていく自分にどんよりとした気分になっていくのを感じている。「何、やったの?」 アオイが足を持ちディミトリが頭を持って死体を部屋の中に入れた。「ロシア人の母親とヤッたんだよ」「馬鹿……」 ディミトリはアオイに小突かれてしまった。彼女は下品なジョークが嫌いなようだ。 次にテーブルクロスで廊下の血痕を拭い去り、部屋を閉めて出ていこうとした。「ちょっとだけ待って……」 ディミトリは鍵を掛けてから、鍵を根本から折ってあげた。こうすると、室内に入ることが出来ない。本当は瞬間接着剤ぐらいで固定した方が良いのだがしょうがない。 アオイが部屋に居ない事は直ぐに露見してしまうだろう。少しでも時間を稼ぐ為の小細工だ。「まあ、お互いに聞きたいことは山程あるだろうけど……」 まず、何故引っ越したのか問い詰めたかったが、先に逃げ出すのが先だ。 敵の人数すら分からないのに彷徨くのは流石に拙い。金の行方は後で聞けば良いとディミトリは考えたのだ。「?」「とりあえず、逃げ出そうか?」 ディミトリが先に歩き、アオイは彼の後ろを付いて行った。「どうやって逃げるの?」「この船の傍にゴムボートを繋いである」「え?」「舷門(
モロモフ号。 ディミトリは船の後方にボートを付けた。係留ロープを結びつける場所がないので、ロープの先に磁石を付けて船に貼り付けた。 これでボートは行方不明にならないはずだ。 それから、吸盤を取り出し船を登り始めた。 まず、右手側を貼り付けて、それを手がかりに左手側を上に貼り付ける。右手側を緩めて左手を手がかりにして上に貼り付ける。 そうやって、交互に貼り付ける事によってよじ登っていくのだ。手の力だけなので結構しんどいものがある。 それでも、何とか登りきって船の舷側から甲板に降り立った。 ディミトリは懐から拳銃を取り出した。警戒したままで、ゆっくりと歩きながら入り口に向かう。 ここで、見つかれば道に迷ったなどと言い訳が効かないからだ。 出発前に見かけた船の見張りは反対側にいるのか見当たらなかった。つまり、常時警戒しているのは一人ということだろう。 最低でも二人は見張りに付くものだと思っていただけに拍子抜けした。 船の中に素早く入ったディミトリは奥に進んでいく。遠くの方で話し声が聞こえるだけで、後は何かの振動音がするだけだ。 今の所、船が侵入されたなどと誰も気付いていないようだ。手短に船内を見て回るつもりだった。 人の声がしていたのは食堂と思われる部屋だ。灯りが点いているので何人かいるらしかった。 ディミトリが入り口の傍によると、中からロシア語の会話が聞こえてきた。『日本のカイジョウホアンチョウの検査は終わったんだろ?』『ああ、連中は気が付かなかったぜ』『じゃあ、さっさと荷物を受け渡してしまおうぜ』『連中に悟られ無いで助かったな……』『ああ、まさかブツを船底に貼り付けて運んでるとは思わないもんさ』(ふん、ソコビキって取引のやり方か……) ロシアの留置場に入れられた時に、隣の房に居た薬の売人に運搬方法を聞いたことがある。その一つに『ソコビキ』と言うやり方にそっくりだった。方法は簡単で薬なり銃器なりを防水箱に入れ、船の底に溶接してしまうのだ。見た目はスタビライザーに見えてしまうので誤魔化しやすいそうだ。(くそっ、ひょっとして違う船だったのか?) 彼らが話していたのは違法薬物か何かの取引らしい会話だった。興味が無いので他の部屋を探しに行こうとした。『ところで例の女はどうしてるんだ?』 中に居る一人が話し始めた。ディミトリ
アカリの車。 サプレッサーを作り終えたディミトリはアカリに向かえに来てもらった。 これからアオイが閉じ込められている船を調べる為だ。車を走らせながらアカリに色々と聞き出しす。「どこの港に連れて行かれるか聞いた?」「いいえ」 車に強制的に乗せられて、直ぐにディミトリが追いかけたので詳しい話は出来なかったそうだ。 ただ、彼らがアオイと確保している事と、中学生の男の子を誘い出して欲しいとだけ言われたようだ。 彼らは只の使い走りのようで、若松忠恭の顔を知らなかったのは幸いだった。「じゃあ、車の中の様子で覚えていること無いかな?」「そう言えば、カーナビに臨海港って表示されていた」 メールか何かでアカリの居場所を教えられて、彼らはカーナビ頼りに走っていたのだろうと考えた。「ん? そう言えば奴らはアカリさんの顔を知ってたんだよね?」「ええ、スマートフォンに私の画像が有りました……」 見せられたのは、自分の画像とアオイの画像だったそうだ。「しかし、臨海港って言っても大きいよなあ……」 ディミトリたちは船であるとしか知らない。他には、相手がロシア系であるぐらいだ。「入港したばかりみたいな話をしてた」「ふむ、日付で検索してみれば良いか……」 ディミトリは携帯で船の入港情報を探り始めた。何か、手がかりが欲しかったのだ。「これかな…… 名前がそれっぽい……」 ディミトリが指差す先には『ナホトカ・モロモフ』とあった。とりあえずは見に行って見ることにした。 本来なら一週間ぐらいは観察をして、人数ぐらいは把握したかったが時間が無い。 アオイが人質にされているせいだ。「キプロス船籍で石炭運搬船とあるな……」 ディミトリは画面を見ながらブツブツ言っている。他にも船はあったが全体的に小さめの船ばかりだ。 きっと、外洋を渡るので大きい船だろう。「とりあえずはコイツに忍び込むか……」 ダメ元で乗り込むつもりだった。「ちょっと、寄り道してもらっても良いなかな?」「良いけど、何するの?」「ちょっと、お買い物……」 まず、釣具店に行きゴムボートを購入した。長さが二メートル程度で二人乗り。手漕ぎだが大した距離を漕ぐ訳では無いので平気だ。 目的の船にはロシア系の連中がいる。そして、彼らはディミトリが訪問するのも知っている。 大人しく入れてくれる訳が
自宅。 ショッピングセンターで乗り換えた車でアカリの車を取りに行った。いつまでも乗ってる訳にいかないからだ。 場所はアカリが誘拐されかかった場所だった。時間貸しの駐車場に停めていたようだ。「なんで、あそこに居たの?」 道中、ディミトリは気になっていた事を聞いてみた。「ん? 留学の下準備に行ったのよ」 ディミトリが見張っていた雑居ビルには、留学のコーディネーターが居るのだそうだ。 今日は打ち合わせに訪れていたらしい。「ふーん…… ところで、お姉さんはどこに引っ越したの?」「え……」 アカリは言葉を言い淀んだ。その様子から口止めされているのだろうと推測出来た。「ああ、言いたく無いのなら無理に言わなくて良いよ」 ここは無理する場面では無いと思い言い繕った。変に疑念を持たれて逃げ出されては金が手に入らなくなってしまう。 ディミトリは慎重に話を運ぶことにしていたのだ。「ゴメンナサイ……」「まあ、俺が君の立ち場だったら、こんな危ない奴と付き合うのはゴメンさ」 ディミトリは笑いながら答えた。アカリは俯いてしまっている。「駅前に漫画喫茶あるから、そこで待っていてくれる?」「はい」「ちょっと、家に用があるんだ。 それが済んだらお姉さんを助けに行こう……」「分かった」 アカリはディミトリを家に送った。降り際にディミトリは自分の携帯を渡した。アカリが使っている携帯は監視されている可能性が高いからだ。そして、そのまま漫画喫茶に向かっていった。 ディミトリにはどうしても自宅でやらなければならない作業がある。サプレッサー事だ。壊れたままでは拙い。 アオイを救出する際にはサプレッサーが必要になるのは目に見えている。その為にサプレッサーを作成しなおす必要だあるのだ。 自宅に帰ったディミトリは早速3Dプリンターでサプレッサーを作り始めた。 中身の構造を練り直す暇が無いので、複数個持っていく事にしたのだった。 今回持っていったサプレッサーを分解してみると案の定中で割れていた。やはり熱でやられるのは変わらないようだ。 それでも金属のケースには歪みは無かった。(サプレッサーが長持ちしなかったのは、蓋の構造が駄目だったんだろうな……) 銃弾を通すために穴に防音効果を高めるための硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてある
「……」 その様子を見ていたアカリは、ディミトリが何をしようとして居るのか理解出来た。映画なんか良く見かける車泥棒のやり方だ。 しかも、彼は手慣れている感じだった。 初めて逢った時には銃で撃たれていた。姉によると腕から何か不思議な装置を取り出す手伝いをさせられたとも言っていた。 そして、夜中に廃工場を見張ったり、不思議な行動をする少年なのだ。(本当にこの子は中学生なの?) 姉が少年を怖がっていた理由はこれなのだろうと確信したのだ。(この子は目的の為には、悪事であろうと躊躇する事は無い……) しかし、アカリはディミトリがする事を咎めるのは止めにしている。言っても聞かないだろうと分かっているつもりだからだ。 それよりも、気がかりなのは自分を連れ去ろうとしていた男たちが、姉を拘束していると言っていた事だ。 事実、連絡がつかない点も気になっている。本当に拘束されているのなら、不思議少年の手助けが必要なのだ。「僕は一旦自分の家に帰る必要が有る」 ディミトリは車を走らせはじめた。本当はアカリに運転して欲しかったが、彼の事を怪訝な顔で見ているからだ。 まあ、自動車の窃盗を目の前で見せられて平気な方がおかしい。 それで、しばらくは自分で運転する事にしたのだった。「どこか逃げ込める宛は有るの?」「ええ、友人の家に行こうかと……」「それは駄目だ……」「どうしてなの?」「彼らは君を何らかの方法で追跡している」「え?」「じゃなかったら、どうやって君に辿り着いたのさ?」「あ……」「その友人を巻き込むのは関心しないね……」「……」「携帯電話は持ってる?」「ええ」「じゃあ、電源切ってくれる?」「はい……」 ディミトリは携帯電話の位置確認を利用していると睨んでいた。 アカリはバッグから携帯を取り出した。「それ、お姉さんのだよね?」「はい、姉のアパートで間違えて持ってきてしまったんです……」「そうか……」 これで、アカリがアオイの携帯を持っていた謎が解けた。つまり、アオイはアカリの携帯を持っている事になる。 次はアオイの所在だ。逃げる時の会話でアオイは捕まったとアカリは言っていたのだ。「お姉さんは彼らに捕まったと言ってたよね?」「ええ。 大人しく着いてくれば、船で会えると言ってました」「船……」 ディミトリはロシア系の連
大型ショッピングセンター。 ディミトリとアカリは大型のショッピングセンターにやってきた。その店は敷地内の駐車場が満杯になった時用に、離れた空き地に駐車スペース設けている。 そこに強奪した車を止めた。青年が警察に通報しているかも知れないからだ。(利用料金を十万程ダッシュボードに置いておくと言えば良いか……) ショッピングセンターから可愛そうな青年に電話する事にして、今後の事を考えねばならなかった。(一旦、家に帰ってサプレッサーを作り直さないと……) 手元にあるサプレッサーは用をなさない。今回の銃撃戦で交換用の弾倉がもっと必要な事が分かった。 これはミリタリーオタクの田島に頼んで譲って貰おう。 拳銃に付属していた弾倉はグラつきが有ったが、手持ちのモデルガンの弾倉はグラつきが無かった。玩具と思っていたが、中々使いでが良かったのだ。もちろん、改造は必要だがどうという事は無い。(多人数相手だと弾がいくら有っても足りない……) 普段、使っているのはアサルトライフルだ。携帯する弾も百~二百がせいぜい。多数の弾倉の携帯は行動を制限されてしまう。 それに兵隊の時には、突撃する者・支援火力を張る者と役割が分かれていたので、弾がそれほど必要が無かったのだ。(そう言えば拳銃が必要な場面って無かったからな……) 拳銃は戦局が駄目詰まりな状況で、ライフルの弾が無くなるような最後の最後で使うような物だ。なので、さほど重要視していなかったせいもある。それに拳銃が必要な場面に遭遇していたらディミトリは生き残ってこれなかったであろう。(まあ、サプレッサーをどうにかするのが先だな……) そんな事を考えながら、ショッピングセンターに向かって駐車場を歩いていると一台の車が目に止まった。 駐車場の端っこにポツンという感じで停車している。(ん?) ディミトリの直感が何かを告げた。懐にある銃を握りながら車に近づく。 見た目には普通の車だし、取り立てて目立った外観はしていなかった。(んんん……) 車には誰も乗っていないし、荷物が有る訳でも無い。しかし、何か変なのだ。 車の周りを回って正面に来た時に、何にピンと来たのかが分かった。(ふ、ナンバープレートが前と後ろで違うじゃねぇか……) これはニコイチと呼ばれる盗難車だ。ナンバープレートを変更しているのは、発覚を遅れさせ
隣町の丘の下。 白い車から降りてきた男たちが銃を構え始めた。それと同時にトラックの助手席側のドアが開き男が降りてくる。(こいつら全員グルなのかっ!)ビュッ! トラックから降りてきた男に最初の銃弾を送り込む。男は腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。 サプレッサーの防音材が共振しているのか妙な音が響いた。「當心,拿著槍(気を付けろ、銃を持っているぞ)」「轉到對面放入,轉擁擠到對面(向こうに回り込め、向こうに回り込め)」 白い車の男たちの方から怒鳴り声が聞こえる。中国語なのは聞いただけでディミトリには分かった。(中華系の連中か!) 妙に大人しいと思っていたが、このチャンスを窺っていたのであろう。 彼らはディミトリが銃を持っているのを知っているはずだからだ。ビュッ!ビュッ! トラックの荷台越しに男たちに二発発射した。一発は車に、もう一発は地面に当たった。男たちは慌てて車に隠れる。 当たらなくても良い、牽制して逃走する時間を稼ぎたかっただけなのだ。「走って!」 ディミトリはアカリの襟首を掴んで先を急がせた。 アカリは訳が分からなかった。普通に歩いていたら、変な男たちに車に押し込められた。これだけでも大事なのに、次は見知らぬ男同士が銃撃戦をしている。 しかも、横にはディミトリが銃を片手に応戦しているのだ。戸惑わない方がおかしい。(荒っぽい仕事が好きな連中だな……)ビュビュビュッ!ポンッ! 男たちが再び車の影から出てこようとしたので再度連射した。しかし、最後の弾で異音が聞こえてしまった。(くそっ! サプレッサーがいかれちまったか……) ディミトリはサプレッサーの穴塞ぎ用のゴムが駄目になったのだと悟った。(連射に向いてないのは分かっていたけどな……) サプレッサーには銃弾を通すために穴が貫通しているが、防音効果を高めるために硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてあるのだ。 だが、発射薬の強力な火力でゴムが徐々に駄目になる。段々と音が漏れるようになってしまうのだ。これがサプレッサーに寿命があると言われる所以だ。 ディミトリの自作のサプレッサーは、このゴムの材質が拙かったようだ。初めての試作だから仕方が無かったのかも知れない。ポンッ! 違う男が顔を出したので威嚇用に一発撃つが異音はしたままだ。男は肩